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国連難民高等弁務官

Antonio Guterres
c UN Department of Public Information/Eskinder Debebe

国連難民高等弁務官
アントニオ・グテーレス
(Mr. Antonio Guterres)

アントニオ・グテーレス(Antonio Guterres)は2005年6月15日、第10代の国連難民高等弁務官に就任した。元オランダ首相で第9代高等弁務官を務めたルード・ルベルス氏の後任。元ポルトガル首相であるグテーレス氏は国連総会で5年間の任期で選出された。

グテーレス氏は高等弁務官として、世界でも主たる人道機関の一つであるUNHCRを率いる。UNHCRは116か国で6540人の職員が約1920万人の難民やその他の対象者の保護や支援事業を行なっている。UNHCRの2005年度の予算は10億ドルを超える。

UNHCRに初めて着任した際、グテーレス高等弁務官は職員たちに、「私は確信、謙虚さ、そして情熱を持ってUNHCRに来た。『確信』と言ったのは、UNHCRの本質的価値観を信頼しており、その価値を世界中に広めるために努力したいからである。『謙虚』と言ったのは、私には学ぶことが沢山あり、職員の皆さんに頼らなくてはならないからだ。そして、『情熱』より他に、戦うべき崇高な理由は私にとって何もない」と述べた。

グテーレス高等弁務官はUNHCRに就任するまで、20年以上、政治や公共部門に携わり、1996年より2002年までポルトガル首相を務め、東ティモールでの虐殺を阻止するため先頭に立って国際的協力に尽力した。2000年初めには欧州理事会議長として第1回EU(欧州連合)・アフリカ首脳会議の共同議長を務め、いわゆるリスボン・アジェンダを採択に導いた。1991年にポルトガル難民評議会を創設し、1991年から2002年まではポルトガル共和国諮問委員会員を務めた。

1981年から1983年までグテーレス氏は欧州評議会議員総会員だったほか、「人口統計、移住、難民」委員会議長を務めた。そのほかにも社会主義インターナショナルで活躍し、1992年から1999年まで副議長を、1999年から2005年6月までは議長を務めた。

1949年4月30日、ポルトガルの首都リスボン生まれ。自ら教育を受けたポルトガルのInstituto Superior Tecnico(インスティトゥト・スペリオール・テクニコ:工科大学)の客員教授でもある。

既婚。子どもは2人。

 

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アントニオ・グテーレス
国連難民高等弁務官記者会見概要

「保護はUNHCRの仕事の本質である」

2005年7月21日 於:国連欧州本部

WRD 2010

WRD Message: High Commissioner António Guterres pays tribute to refugees